MENU

2015年8月:最北端への旅(宗谷本線で北上)

2015年夏。

これまで半年から1年に一回ぐらいの頻度で高校の友人2人と遠出の旅行をしていたが、そのうちの1人が北海道に勤務となった。その友人に会いに行くのを兼ね、せっかくならばと道北の方に行こうという話が持ち上がった。私も北海道の鉄道はほぼ未開拓であったことや、一年前に日本の最南端を制覇したので最北端に行きたいと思っていたこともあり、非常に心待ちにしていた旅であった。

友人とは、宗谷本線の終点である旭川で集合。友人は朝一の飛行機で新千歳に飛び、そこから鉄路で来たようである。私はというと、 

旭川から飛行機で北海道に入る。夏の観光シーズンでもあるのでB767の中型機が使われており、快適。

旭川空港からは、美瑛までバスで出てから富良野線で旭川まで戻る、といったことは可能だったが、富良野線を中途半端に乗り残す感じになってしまうのも心残りなので、旭川駅まで直行した。もちろん、富良野線に乗れない心残りもあったのだが。 

旭川駅。6年前に旭山動物園に行くために利用したので再訪ではあるが、自分の知ってる旭川駅ではなかった。当時は地上の改札口を入って、目の前の特急カムイに飛び乗った記憶がある。

友人との待ち合わせの列車は旭川を12時30分ごろに出るので、2時間ぐらいの余裕がある。ここまで時間がありながら乗り鉄をせずに真っ直ぐ旭川まで来たのは、新たに趣味にしようと考えていた「風景印集め*」のためである。せっかくなので旭川の中心となる郵便局であろう旭川中央郵便局に行き、記念すべき1個目の風景印を押印してもらった。

*その地域にちなんだ絵柄の入った消印のこと。一部の郵便局に設置してある。消印なので、こちらは切手か切手付きハガキを用意し、局員に押印してもらう必要がある。

旭川の駅周辺は道路が碁盤の目になっており、道をジグザグに進みながら、周辺の郵便局を訪問する。4-5軒ぐらい訪問したが、周辺の郵便局を全て周ることができずに時間切れ。風景印集めは街の散策を兼ねられるので楽しく、また乗り鉄の際の時間の隙間に行うのにちょいど良い。 

12時30分ごろ、ホームに上がると、キハ40が出発を待っていた。目的地は宗谷本線の終点、稚内であるが、まずはこの列車で途中の名寄駅を目指す。既に発車数分前であり、座席がほぼ埋まっていてロングシートの端を確保するのがやっとだった。

車内が少し空いてきたタイミングで、昼食に旭川駅で購入した駅弁をいただく。北海道なので、とりあえず海鮮系の駅弁を選んだ。駅弁はだいたい二つ買うのだが、この時もやはり気になったもの二つを買うところは変わらない。

駅弁を食べたり、久々に会った友人と近況を話したりしているうちに、この列車の終点名寄に到着。

15分ほど乗り継ぎの時間があったので、一旦駅を出て駅舎の写真を撮る。この時ちょうど雨が降ってきたのだが、せっかく来たので近くの郵便局を訪れた。

次の列車は、キハ54の単行。目的地の稚内までこの列車にお世話になる。  

宗谷本線の途中駅は、基本的に無人駅で、こじんまりとした駅舎がぽつんと佇んでいる。北海道では有名な、車掌車や貨車を改造した駅舎を含め、様々な駅舎を見ながら旅の時間を楽しんでいく。そうこうしているうちに1時間ほどで、鉄道ファンには有名な主要駅に到着した。

音威子府駅である。かつては天北線(ここから東側を回って南稚内まで至る路線)が分岐する主要駅であった。ここでは特急の行き違いなどのため1時間ぐらいの停車時間がある。早速駅の改札を出て、蕎麦屋に向かった。

今回の旅の目的の一つに、この駅そばを食べることがあった。かつてターミナル駅だった頃には乗り換え時間にこの駅そばを食べることが風物詩であったようである。私も巡回している鉄道ファンのブログなどでこちらのお店の存在は何となく聞いており、とりあえず興味を持っていたのだ。今回は、営業時間内に長時間停車がある普通列車に乗るとのことで、是非とも訪れたいと思っていた。

天ぷらそばを注文。噂通り、真っ黒い出汁と真っ黒い麺のインパクトがある蕎麦であった。

時間はたっぷりあるので、表に出てみる。駅舎に「交通ターミナル」とある通りバスが発着しており、交通の要衝になっているのは昔と変わらない。実際に、乗って来た普通列車や、そのあとの特急列車に合わせて天北線方面のバスが出迎えており、何人かがそちらに流れていった。そんな流れを一通り見学し、近くの郵便局にて風景印を収集した後は、駅舎の中にあった天北線資料館をじっくりと見学。中には、天北線にまつわるグッズや写真、音威子府の駅の模型などが展示されていた。残念ながら私は天北線が廃止された後の世代であり、宗谷本線もただの一本道になった状態しか知らないので、北海道の鉄道網が網目のように張り巡らされていた時代が羨ましくも思った。

時間を持て余し始めた頃、車内に戻って出発を待つ。ここからも同じ列車。

音威子府から北は、ずっとこのような景色が続く。この時すでに17時すぎであり、旭川を出てから4時間以上も旅をしていることになる。

こちらは天塩川だろうか。夏にくると雄大な緑の景色が広がり、見応えがあって楽しい。冬に来たことはないが、冬は冬で一面雪以外無くて、また違った見え方をするのだろう(除雪等、会社側はかなりの負担かと思うが)。

幌延駅。ここまで来ると、だいぶ稚内も近くなって来た感じがする。

そして、抜海あたり。宗谷本線で唯一海が見える、絶景ポイントである。ここを過ぎると稚内はすぐそこである。

そして18時40分ごろ(正確な数字忘れた)、終点の稚内に到着。

南の終着駅、枕崎から3100kmほどだそうだ。 数字が大きすぎて、あまりピンとこないのは確か。新幹線の表定速度をざっと200km/hとすると、15時間乗り続けなければならない距離、といえば遠いような気がする。

最北端の終着駅。 線路が途切れていて、確かに終着駅。線路が途切れているように見せかけて・・・

駅舎の外まで続いていて

少し行ったところに本当の線路の端があったりする。

この後は、郵便局に寄った後に南稚内駅近くのホテルに向かった。

稚内まで来るとロシアが近いからか、標識も3ヶ国語併記になっていた。

乗り鉄が終わったのが19時ごろだが、特にやることもなかったのでセイコマで食料調達し、夕ご飯にして就寝しました。 20時とか21時とかいう、普段ではありえない時間に就寝し、次の日の早起きに備えた。

(続き)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次